キャリアアップ助成金
概要
有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者といった非正規雇用労働者のキャリアアップを促進する事業主を支援する「キャリアアップ助成金」の全体像をまとめたものである。本助成金は、労働者の雇用の安定と処遇の改善を目的とし、正社員化や賃金規定の改定など、事業主の具体的な取り組みに対して支給される。
最重要ポイント:
- 多様な支援コース: 助成金は「正社員化コース」「賃金規定等改定コース」「賞与・退職金制度導入コース」など、目的に応じた複数のコースで構成されており、事業主は自社の課題に合わせた支援を選択できる。
- 令和7年4月1日からの大幅な制度改正:
- 正社員化コース: 支給対象者を「重点支援対象者」(例:3年以上の有期雇用労働者、不安定雇用者など)とそれ以外に区分し、支給額と支給期間(1期または2期)を差別化。新規学卒者(雇入れ後1年未満)は対象外となる。
- 賃金規定等改定コース: 助成額の上限が引き上げられ、賃金引上げ率の区分が従来の2区分から4区分(3%以上4%未満〜6%以上)に細分化された。さらに、有期雇用労働者向けの昇給制度を新たに設けた場合、20万円の加算措置が創設された。
- キャリアアップ計画書: 事前の「認定制」から「届出制」へ移行し、手続きが簡素化された。ただし、取組実施日の前日までの提出義務は維持される。
- 職務評価の活用による加算: 「賃金規定等改定コース」において、客観的な職務評価(要素別点数法など)を用いて賃金規定を改定した場合、1事業所あたり20万円(中小企業)が加算される。これは、職務の大きさに応じた公正な待遇実現を後押しする重要なインセンティブである。
- 厳格な支給要件: 各コースには、就業規則への制度規定、対象労働者の雇用期間、賃金増額率(正社員化コースでは3%以上)、継続雇用期間など、詳細な支給要件が定められている。申請にあたっては、これらの要件を正確に満たす必要がある。
本助成金は、計画的な人材育成と処遇改善を通じて企業の生産性向上にも寄与する制度である。特に令和7年度からの改正は、より重点的な支援対象を明確にし、賃上げへのインセンティブを強化する方向性を示しており、事業主はこれらの変更点を正確に理解した上で活用することが求められる。
1. キャリアアップ助成金の概要
1.1. 目的と趣旨
キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者などの企業内でのキャリアアップを支援することを目的とする。具体的には、職務経験や職業訓練を通じて職業能力の向上を図り、将来の職務上の地位や賃金をはじめとする処遇の改善を実現する取り組みを実施した事業主に対して助成金を支給し、労働者の雇用の安定と処遇改善を推進するものである。
1.2. 基本的な流れ
助成金の活用は、以下のステップで進められる。
- キャリアアップ計画の作成・提出: 事業主は、有期雇用労働者等のキャリアアップに関する計画(キャリアアップ計画)を作成し、コースの取組実施日の前日までに管轄の労働局長に提出する。
- 各コースの取組実施: 作成した計画に基づき、正社員化、賃金規定の改定などの具体的な取り組みを実施する。
- 支給申請: 各コースで定められた要件を満たした後、支給申請期間内に必要な書類を添えて管轄労働局長に支給申請を行う。
1.3. キャリアアップ計画
計画書の役割と要件
キャリアアップ計画は、事業主が有期雇用労働者等のキャリアアップを計画的に推進するために作成するもので、以下の要件を満たす必要がある。
- 雇用保険適用事業所ごとに作成する。
- 計画期間は3年以上5年以内とする。
- キャリアアップ管理者を配置し、その情報を記載する。
- 計画的に講じる取り組みの全体像、対象者、目標、期間、措置内容を記載する。
- 計画作成にあたり、労働組合等の代表者から意見を聴取する。
キャリアアップ管理者の設置
各事業所には、有期雇用労働者等のキャリアアップに積極的に取り組む「キャリアアップ管理者」を配置する必要がある。キャリアアップ管理者は、必要な知識・経験を有する者でなければならず、原則として複数の事業所を兼任することはできない。
令和7年4月1日からの変更点(届出制への移行)
令和7年4月1日から、キャリアアップ計画書は事前の「認定制」から「届出制」に変更された。これにより、都道府県労働局長の認定を受ける必要はなくなったが、記載内容や、取組実施日の前日までに労働局へ提出する義務に変更はない。
2. 主要な助成金コースの詳細
2.1. 正社員化コース
概要
就業規則等に定めた制度に基づき、有期雇用労働者等を正規雇用労働者等へ転換、または派遣労働者を正規雇用労働者等として直接雇用した場合に助成される。
主な支給要件
- 転換・直接雇用制度の規定: 転換等の手続き、要件、時期を明記した制度を就業規則等に規定していること。
- 賃金3%以上増額: 転換・直接雇用後の6か月間の賃金を、転換・直接雇用前の6か月間の賃金と比較して3%以上増額させていること。
- 継続雇用: 転換・直接雇用後、コースの区分に応じて定められた期間、継続して雇用していること。
- 正規雇用労働者の定義: 転換後の正規雇用労働者は、期間の定めのない労働契約であることに加え、「賞与または退職金の制度」および「昇給」が適用される者である必要がある。
令和7年4月1日からの改正点
令和7年4月1日以降の取組について、支給対象者と支給額が大幅に見直された。
1. 支給対象者の区分 支給対象者は「重点支援対象者」と「それ以外」に区分される。
区分 |
定義 |
重点支援対象者 |
以下のいずれかに該当する者。 a. 雇入れ日から起算して3年以上の有期雇用労働者 b. 雇入れ日から3年未満で、 不安定雇用者(※)に該当する有期雇用労働者 c. 派遣労働者、母子家庭の母等、 人材開発支援助成金の特定の訓練修了者 |
それ以外の者 |
重点支援対象者に該当しない有期雇用労働者等 |
※ 不安定雇用者とは、過去5年間に正規雇用労働者であった期間が合計1年以下、かつ過去1年間に正規雇用労働者として雇用されていない有期雇用労働者を指す。 ※ 雇入れ日から起算して1年未満の新規学卒者は支給対象外となる。
2. 支給額の変更 支給額は対象者の区分と転換形態によって異なる。
区分 |
転換形態 |
支給額(中小企業) |
支給額(大企業) |
支給期間 |
重点支援対象者 |
有期 → 正規 |
80万円 (40万円×2期) |
60万円 (30万円×2期) |
2期 |
|
無期 → 正規 |
40万円 (20万円×2期) |
30万円 (15万円×2期) |
2期 |
それ以外の者 |
有期 → 正規 |
40万円 |
30万円 |
1期 |
|
無期 → 正規 |
20万円 |
15万円 |
1期 |
2.2. 賃金規定等改定コース
概要
就業規則等に基づき、有期雇用労働者等の基本給に関する賃金規定等を3%以上増額改定し、対象者に適用した場合に助成される。
令和7年4月1日からの改正点
令和7年4月1日以降の取組について、賃上げ率の区分が細分化され、加算措置が新設された。
1. 賃金引上げ率の区分と助成額の変更
賃金引上げ率 |
1人あたり助成額(中小企業) |
1人あたり助成額(大企業) |
3%以上 4%未満 |
40,000円 |
26,000円 |
4%以上 5%未満 |
50,000円 |
33,000円 |
5%以上 6%未満 |
65,000円 |
43,000円 |
6%以上 |
70,000円 |
46,000円 |
1年度1事業所あたりの支給申請上限人数は100人。
2. 昇給制度新設による加算措置 有期雇用労働者等に適用される昇給制度を新たに規定した場合、1事業所あたり1回のみ、以下の額が加算される。
- 中小企業: 20万円
- 大企業: 15万円
2.3. その他の主要コース概要
コース名 |
概要 |
支給額(中小企業) |
賃金規定等共通化コース |
有期雇用労働者等に対し、正規雇用労働者と共通の職務等に応じた賃金規定等を新たに作成・適用する。 |
1事業所あたり 60万円 |
賞与・退職金制度導入コース |
全ての有期雇用労働者等に、賞与または退職金制度を新たに設け、適用する(賞与は6か月分として5万円以上、退職金は月3,000円以上積立など)。 |
1事業所あたり 40万円(両制度同時導入で 56.8万円) |
社会保険適用時処遇改善コース |
有期雇用労働者等を新たに社会保険に加入させ、賃金増額等の措置(手当支給、賃上げ、労働時間延長)を講じる。 |
措置内容に応じ、1人あたり 10万円~30万円 |
障害者正社員化コース |
障害のある有期雇用労働者等を正規雇用労働者等または無期雇用労働者に転換する。 |
1人あたり 33万円~120万円(障害の程度や転換形態による) |
3. 職務評価の活用と加算措置
3.1. 職務評価とは
職務評価は、職務の大きさ(業務内容や責任の程度)を相対的に比較し、その職務に従事する労働者の待遇が職務の大きさに応じているかを把握する手法である。個々の労働者の能力や仕事への取り組み方を評価する「人事評価」とは異なる。
3.2. 職務評価の手法
助成金の対象となる職務評価の手法は以下の4つがある。厚生労働省は、定量的で応用範囲が広い「要素別点数法」を推奨している。
手法 |
概要 |
要素別点数法 |
職務を複数の評価項目(知識・技能、責任など)に分解し、各項目のレベルに応じて点数を付け、合計点で職務の大きさを測定する。 |
単純比較法 |
社内の職務を1対1で比較し、職務全体として大きさが同じか異なるかを評価する。 |
分類法 |
事前に作成した「職務レベル定義書」に照らし、職務全体がどのレベルに該当するかを判断して評価する。 |
要素比較法 |
要素ごとに定義されたレベルに照らして判断する点は要素別点数法と似ているが、点数ではなくレベルの違いで職務の大きさを測る。 |
3.3. 職務評価加算(賃金規定等改定コース)
賃金規定等改定コースにおいて、職務評価の手法を活用して賃金規定等を増額改定した場合、1事業所あたり1回のみ、以下の額が加算される。
- 中小企業: 20万円
- 大企業: 15万円
加算の主な要件:
- 賃金規定等改定コースの支給要件をすべて満たしていること。
- 有期雇用労働者等だけでなく、正規雇用労働者に対しても職務評価を実施していること(正規雇用労働者を雇用していない場合は対象外)。
- 職務評価の結果を踏まえて賃金規定等を改定していること。
申請に必要な主な追加書類:
- 職務評価を実施したことが分かる書類: 職務(役割)評価表、対象労働者の評価結果一覧表など。
- 職務評価結果を踏まえ改定したことが分かる書類: 職務評価結果と改定後の賃金規定の等級との対応関係がわかる資料など。
3.4. 要素別点数法の実施プロセス例
- 評価項目、ウェイト、スケールの決定: 自社の実情に合わせて評価項目(人材代替性、専門性など)、各項目の重要度(ウェイト)、評価の尺度(スケール)を決定し、「職務(役割)評価表」を作成する。
- 職務評価の実施: 対象労働者の職務について、評価表に基づき評価項目ごとに採点し、ポイントを算出する。ポイントの合計が「職務の大きさ」となる。
- 賃金制度の検討: 算出した職務ポイントと現在の賃金をプロット図などで可視化し、均等・均衡待遇の状況を把握する。
- 賃金規定等の増額改定: 職務ポイントと賃金額を関連付けた賃金テーブルを作成し、それに基づき賃金規定等を3%以上増額改定する。賃金テーブルは、職務ポイントのみで決定するケースのほか、勤続年数や人事考課などを組み合わせることも可能。
賃金テーブルの例(職務ポイントと勤続年数を組み合わせるケース)
格付け |
職務評価結果(ポイント)と勤続年数 |
改定後時給 |
6級 |
ポイント32点以上 かつ 勤続年数7年以上 |
1,350円 |
4級 |
ポイント24~27点 かつ 勤続年数5年以上 |
1,150円 |
2級 |
ポイント16~19点 かつ 勤続年数4年以上 |
1,050円 |
4. 申請手続きと留意点
4.1. 申請フローの概要
- キャリアアップ計画書の提出: 各コースの取組実施日の前日までに、紙または電子申請で管轄労働局に提出する。
- 取組の実施: 計画に沿って正社員転換や制度改定などを実施する。
- 賃金の支払いと継続雇用: 各コースで定められた期間(例:6か月)、改定後の賃金を支払い、対象者を継続して雇用する。
- 支給申請: 賃金支払いが完了した後、定められた支給申請期間内(通常は最終賃金支払日の翌日から2か月間)に、支給申請書と添付書類を提出する。
4.2. 電子申請の導入
- gBizIDの取得: 電子申請には「gBizID」アカウントが必要。
- ポータルの利用: 「雇用関係助成金ポータル」を通じて計画書の提出や支給申請を行う。
- 計画書の電子申請: 支給申請を電子で行う場合、キャリアアップ計画書も電子で提出されている必要がある。紙で提出済みの計画がある場合でも、新たに電子で計画を提出することが可能。
4.3. 共通の留意事項
- 対象労働者の範囲: 事業主または取締役の3親等以内の親族は、原則として対象外となる。
- 支給申請期間の厳守: 支給申請期間を過ぎた申請は受理されない。郵送の場合は申請先への到着日が期間内である必要があるため、十分な余裕を持って申請することが推奨される。
- 書類の真正性: 提出書類は、根拠法令に基づき実際に事業場で調整・使用している原本またはその写しである必要があり、転記や別途作成したものは認められない。
- 就業規則の整備: 労働者10人未満の事業所であっても、就業規則等への規定が必要なコースを実施する場合は、就業規則を作成し、労働者に周知する必要がある。