人材開発支援助成金2025
概要
事業主が雇用する労働者の職業能力開発を促進し、労働生産性の向上を図ることを目的として、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度である。
制度は複数のコースから構成されており、それぞれが異なる目的と対象を持つ。主要なコースとして、「人材育成支援コース」、「人への投資促進コース」、および「建設労働者技能実習コース」が存在する。各コースは、対象となる訓練の種類(OFF-JT、OJT)、助成率、申請手続きにおいて独自の要件が定められている。
特に重要な要件として、以下の点が挙げられる。
- 共通要件: 申請事業主は雇用保険適用事業所の事業主であり、職業能力開発推進者を選任し、事業内職業能力開発計画を策定・周知している必要がある。
- 賃金要件・資格等手当要件: 訓練修了後に労働者の賃金を一定割合以上引き上げることで、助成率が加算される制度。賃金要件では5%以上、資格等手当要件では3%以上の増額が求められ、対象労働者ごとに個別に要件を満たす必要がある。
- 訓練経費の全額負担: 申請事業主は、支給申請までに訓練経費の全額を負担している必要がある。教育訓練機関からの返金や業務委託報酬などにより、経費負担が実質的に減額される「実質無料」スキームは助成対象外であり、不正受給と見なされる可能性がある。
- 訓練形態: 従来の対面式の訓練に加え、eラーニングや通信制、同時双方向型のオンライン訓練も助成対象となっているが、それぞれにLMSによる進捗管理や添削指導などの固有要件が存在する。
本制度を適切に活用するためには、各コースの詳細な支給要件、申請手続きの期限、およびコンプライアンスに関する規定を正確に理解することが不可欠である。
1. 人材開発支援助成金:共通要件と基本原則
本助成金の申請にあたり、コース種別を問わず適用される基本的な要件と原則が存在する。
1.1. 対象事業主・労働者
対象となる事業主
- 雇用保険適用事業所の事業主であること。
- 労働組合等の意見を聴いて「事業内職業能力開発計画」を策定し、労働者に周知していること。
- 「職業能力開発推進者」を選任していること。
- 計画届の提出日前日から起算して6ヶ月前から支給申請書の提出日までの間に、雇用する被保険者を事業主都合で解雇していないこと。
- 訓練期間中、対象労働者に適正に賃金を支払っていること。
対象とならない事業主
- 不正受給を行ってから5年以内の事業主。
- 労働保険料を滞納している事業主。
- 労働関係法令の違反を行った事業主。
- 性風俗関連営業、接待を伴う飲食等営業を行う事業主。
- 暴力団関係事業主。
- 支給申請日または支給決定日時点で倒産している事業主。
対象となる労働者
- 申請事業所の雇用保険被保険者であること。
- 訓練実施期間中、継続して被保険者であること。
- 訓練の受講要件(例:実訓練時間数の8割以上受講)を満たしていること。
1.2. 申請手続きの基本フロー
- 計画の策定・届出:
- 「事業内職業能力開発計画」を策定し、労働者に周知する。
- 「職業能力開発推進者」を選任する。
- 訓練開始日の6ヶ月前から1ヶ月前までの間に、管轄労働局へ「職業訓練実施計画届」を提出する。
- 注:令和7年4月1日以降提出分より、労働局による計画届の確認・受理行為は廃止され、受付のみとなる。審査は支給申請時に一括して実施される。
- 訓練の実施:
- 提出した計画に沿って訓練を実施する。
- 計画内容に変更がある場合は、所定の期限までに「変更届」を提出する必要がある。
- 支給申請:
- 訓練終了日の翌日から起算して2ヶ月以内に、管轄労働局へ「支給申請書」と必要書類を提出する。
- 注:eラーニングや定額制訓練、受験料の申請など、例外的な申請期間が設定されている場合がある。
- 経費負担の原則: 申請事業主は、訓練経費の全額を支給申請までに負担している必要がある。
- 助成対象外となるケース:
- 教育訓練機関等から訓練経費の返金、業務委託契約に基づく報酬、営業協力金、協賛金などの名目で金銭の支払いを受け、事業主の負担が実質的に減額される場合。
- 訓練に関する広告宣伝業務(レビューやインタビュー等)の対価として金銭を受け取る場合。
- クーポン券等の金銭的価値のあるものや、その他の経済的便宜を受ける場合。
- 不正受給のリスク: 上記のようなケースで助成金を申請・受給した場合、不正受給と判断される可能性が高い。不正受給と判断された場合、助成金の返還、事業主名の公表、悪質な場合は刑事告訴の対象となる。
- 手続き代行: 助成金の申請手続き代行業務は社会保険労務士の独占業務であり、無資格の教育訓練機関やコンサルタントに報酬を支払って依頼することは法律で禁じられている。
- 判定方法:
- 賃金改定後3ヶ月間の賃金総額と、改定前3ヶ月間の賃金総額を比較して判断する。
- この要件は、対象労働者一人ひとり個別に満たす必要がある。対象者全員の賃金総額が平均で増加していても、個別に要件を満たさない者がいれば対象外となる。
- 対象となる賃金:
- 基本給および諸手当(役職手当、資格手当など、労働と直接関係し、個人的事情によらず支給されるもの)。
- 定期昇給分も増額分に含めることが可能。
- 対象とならない賃金・手当:
- 時間外手当、休日手当、通勤手当、住宅手当、家族手当など、月ごとに変動する手当や個人的事情により支給される手当は原則として含まれない。
- ただし、住宅手当等であっても、全労働者に一律で支給される場合は諸手当に含まれる場合がある。
- 一時金や報奨金は「毎月決まって支払われる手当」ではないため、資格等手当要件の対象外。
- 賃金引き下げの禁止:
- 賃金増額後、合理的な理由なく賃金を引き下げる場合は助成対象外となる。
- 「合理的な理由」は個別に判断されるが、例として天災による業績悪化の中で雇用維持のために賃下げを行う場合などが挙げられる。事前に雇用契約書等で降格・降給が規定されていても、その理由が合理的でなければ不支給となる可能性がある。
- 増額改定後の3ヶ月間に賃金引き下げがあった月がある場合、たとえ総額の増加率が要件を満たしていても不支給となる。
- 自己都合退職者の扱い:
- 賃金増額後3ヶ月経過後に自己都合で退職した場合:退職者を含め、対象者全員が要件を満たしていれば、全員分の助成額が加算対象となる。
- 賃金増額後3ヶ月経過前に自己都合で退職した場合:残りの在職者全員が要件を満たしていれば、在職者分の助成額が加算対象となる。
- 解雇など事業主都合で賃金が増額されなかった場合は、対象者全員が加算の対象外となる。
- 対象訓練:
- 人材育成訓練: 10時間以上のOFF-JT。
- 認定実習併用職業訓練: OJTとOFF-JTを組み合わせた訓練(IT分野以外)。
- 有期実習型訓練: 有期契約労働者等の正社員転換を目的としたOJTとOFF-JTの組み合わせ。
- 助成額・助成率:
- 経費助成: 45%(中小企業)、30%(大企業)。有期実習型訓練は75%(中小企業)。
- 賃金助成 (OFF-JT): 1時間あたり800円(中小企業)、400円(大企業)。
- OJT実施助成: 1コースあたり20万円(中小企業)、11万円(大企業)(認定実習併用職業訓練の場合)。
- 賃金要件等を満たす場合は助成率・助成額が加算される。
- 主な留意点:
- 申請手続きは事業主自身が内容を把握して行う必要があり、コンサルタント等に一任した場合でも不正があれば事業主の責任となる。
- 訓練日時の変更は、原則として変更前日までに「変更届」の提出が必要。ただし、自動車学校のように頻繁な変更が避けられない場合は、事前の申立書提出により手続きを簡素化できる場合がある。
- 法令で実施が義務付けられている講習(雇入れ時教育、特別教育等)は原則対象外だが、業務に必要な資格取得のための法定講習(フォークリフト運転技能講習等)は対象となる可能性がある。
- 情報技術分野認定実習併用職業訓練:
- 訓練開始30日前までに厚生労働大臣の認定を受ける必要がある。
- 訓練期間は6ヶ月以上2年以下、総訓練時間は年間換算850時間以上等の要件がある。
- 定額制訓練 (サブスクリプション):
- 支給対象労働者が修了した職務関連訓練の標準学習時間の合計が10時間以上であることが要件。
- サービスに含まれる講座のうち、職務関連訓練の割合が5割以上である必要がある。
- 助成額は受講者1人1月あたり2万円が上限。
- 自発的職業能力開発訓練:
- 事業主が就業規則等で経費負担制度を定め、訓練費用の1/2以上を負担することが要件。
- 労働時間外に労働者の申出により実施される訓練が対象。
- 対象者: 建設事業主、建設事業主団体、およびその雇用する建設労働者。
- コースの種類:
- 経費助成: 技能実習の実施に要した経費(指導員謝金、教材費、受講料等)を助成。
- 賃金助成: 中小建設事業主が労働者に技能実習を受けさせた日の賃金を助成。
- 賃金向上助成・資格等手当助成: 経費または賃金助成を受けた事業主が、さらに賃金要件(5%増)または資格等手当要件(3%増)を満たした場合に追加で助成。
- 対象となる技能実習:
- 建設工事に直接関連する技能実習で、合計10時間以上(例外あり)。
- 労働安全衛生法に基づく特別教育、安全衛生教育、技能講習。
- 技能検定の事前講習。
- 登録基幹技能者講習など。
- 助成額・助成率(経費助成):
- 中小建設事業主の場合、経費の3/4~7/10を助成(被保険者数や労働者の年齢で変動)。
- 1人1技能実習あたり10万円が上限。1事業所あたり年間500万円が全コース合計の上限。
- 助成額(賃金助成):
- 1人1日あたり7,600円~9,405円(被保険者数や建設キャリアアップシステム登録状況で変動)。
- 1人1技能実習あたり20日分が上限。
- 実施時間: 業務命令として労働時間中に実施される必要がある。業務の合間に自席で受講する場合も対象となるが、専ら労働者が自発的に自宅等で学習している場合は対象外。
- 進捗管理:
- eラーニング: LMS等により、訓練の進捗状況が客観的に管理・確認できることが必須。
- 通信制: 添削課題の提出・実施状況が確認できることが必要。原則として、全ての添削課題を実施する必要がある。
- 時間数要件:
- 対面訓練の「実訓練時間10時間以上」の要件は、「標準学習時間が10時間以上」または「標準学習期間が1ヶ月以上」に置き換えられる。
- 複数の訓練を組み合わせてこの要件を満たすことも可能。
- 教育訓練機関:
- eラーニング・通信制の機関は、特定の事業主のみを対象とせず、広く一般に受講者を募集している必要がある。計画届提出時点で、機関のHP等で訓練情報が公開されていることが確認される。
- 賃金助成: eラーニングおよび通信制による訓練は賃金助成の対象外。経費助成のみとなる。
1.3. 不正受給に関する厳格な規定とコンプライアンス
本助成金では、訓練経費の適正な負担が厳格に求められる。特に、教育訓練機関等による「実質無料」での訓練提供を謳う勧誘には注意が必要である。
2. 賃金要件・資格等手当要件の詳細
多くのコースでは、訓練修了後に労働者の賃金を引き上げることで、助成率の加算が適用される。この要件は「賃金要件」と「資格等手当要件」の2種類がある。
2.1. 要件の概要
要件種別 | 賃金増加率 | 概要 |
賃金要件 | 5%以上 | 算定対象となる全ての建設労働者の「毎月決まって支払われる賃金」を、訓練終了日の翌日から1年以内に5%以上増加させ、支払われていること。 |
資格等手当要件 | 3%以上 | 職務関連の資格等手当の支払いを就業規則等に規定し、訓練終了日の翌日から1年以内に実際に手当を支払い、賃金を3%以上増加させていること。 |
2.2. 詳細な規定
3. コース別詳細
3.1. 人材育成支援コース
職務に関連した知識・技能を習得させるための訓練を幅広く支援する基本的なコース。
3.2. 人への投資促進コース
「人への投資」を加速させるため、令和4年度から8年度の期間限定で設置されたコース。5つの多様な訓練メニューが用意されている。
訓練メニュー | 概要 | 経費助成率(中小/大) | 賃金助成(中小/大) |
高度デジタル人材訓練 | 高度デジタル人材(ITSSレベル3・4等)の育成や大学での情報科学分野の訓練 | 75% / 60% | 1,000円 / 500円 |
成長分野等人材訓練 | 国内外の大学院での訓練 | 75% / 75% | 1,000円(国内大学院) / 対象外(海外) |
情報技術分野認定実習併用職業訓練 | IT分野未経験者(15~45歳)の即戦力化のためのOFF-JTとOJTの組み合わせ訓練 | 60% / 45% (+15%) | 800円 / 400円 (+加算) |
定額制訓練 | サブスクリプション型の研修サービスを利用した訓練 | 60% / 45% (+15%) | 対象外 |
自発的職業能力開発訓練 | 労働者が自発的に受講した訓練費用を事業主が負担する場合の訓練 | 45% (+15%) | 対象外 |
長期教育訓練休暇等制度 | 30日以上の長期教育訓練休暇制度や短時間勤務制度を導入・適用した場合 | 制度導入助成20万円 (+4万円) | 1,000円 / 800円 (+加算) |
3.3. 建設労働者技能実習コース
建設業における労働者の育成と技能継承を目的とした専門コース。
4. 訓練形態別留意点:eラーニング及び通信制
デジタル技術を活用した訓練形態も広く助成対象となっているが、特有の要件がある。
4.1. 訓練形態の定義
形態 | 定義 |
同時双方向型の通信訓練 | オンライン会議ツール等を用い、リアルタイムで質疑応答が可能な遠隔講習。対面訓練とほぼ同等に扱われる。 |
eラーニングによる訓練 | LMS(学習管理システム)等により進捗管理が行える遠隔講習(ライブ配信型を除く)。 |
通信制による訓練 | 教材を提供し、添削指導や質疑応答を行う訓練。単に市販の書籍で自習させる形態は対象外。 |
定額制サービス | サブスクリプション型で、複数の訓練を同額で受講できるeラーニング等のサービス。 |
