雪国の冬を乗り越える味方!「通年雇用助成金」をわかりやすく解説
はじめに:冬の「仕事がない」をなくすために
北海道や東北地方といった積雪寒冷地で事業を営む事業主の方々にとって、「冬になると仕事が減ってしまう…」というのは、毎年頭を悩ませる大きな課題ではないでしょうか。特に建設業や農業など、季節の影響を強く受ける業種では、冬期間の仕事が激減し、大切な従業員をやむなく手放さなければならないケースも少なくありません。
そんな悩みを解決する心強い味方が「通年雇用助成金」です。この制度は、冬の仕事が少ない時期でも事業主が労働者を解雇せずに雇用し続けられるよう、国が経済的に支援してくれる仕組みです。
しかし、この助成金は単に冬を乗り切るための一時的な支援ではありません。季節による労働力の変動をなくし、優秀な人材を確保・定着させ、より強く安定した通年経営の体制を築くための戦略的なツールなのです。
この記事を読めば、通年雇用助成金の基本的な仕組みから、どのような人が対象になるのか、そして具体的にどんな支援が受けられるのかまで、しっかりと理解することができます。
1. 通年雇用助成金とは?目的を3つのポイントで理解しよう
この助成金の最も重要な目的は、「季節的な失業の発生を防ぎ、季節労働者の通年での雇用を促進すること」です。この大きな目的は、以下の3つのポイントに分解して理解することができます。
- 冬期間の雇用を守る 積雪や寒さで屋外での作業が難しくなり、仕事が減ってしまう冬の期間。この助成金は、そんな時期でも事業主が労働者を解雇せず、継続して雇用できるよう、国が賃金の一部などを支援してくれる制度です。これにより、事業主は人材を流出させることなく、冬を乗り越えることができます。
- 季節労働者の生活を安定させる 働く側にとっても、シーズンオフになると仕事がなくなり、収入が途絶えてしまうのは大きな不安です。この制度は、労働者が一年を通して安定した収入を得られるようにすることで、失業の不安を解消し、安心して生活できる基盤を作ることを目指しています。
- 企業の成長を後押しする 経験を積んだ優秀な従業員に長く働いてもらうことは、企業の安定経営と成長に不可欠です。この助成金を活用して従業員の定着を図り、常用労働者の数を増やすことで、企業全体の体力を強化し、さらなる発展を目指すことができます。
【豆知識】助成金の財源は? この助成金は、事業主の皆さまが納めている雇用保険料を財源とする「雇用保険二事業」という枠組みで運営されています。
では、具体的にどのような事業主や労働者がこの助成金の対象になるのでしょうか。次の章で詳しく見ていきましょう。
2. 助成金の主な条件をチェック
この助成金を利用するには、大きく分けて「a. 地域」「b. 業種」「c. 事業主」「d. 労働者」という4つの条件を満たす必要があります。ご自身の状況と照らし合わせながら確認してみてください。
a. 対象となる地域 (指定地域)
この制度は、気象条件が厳しい積雪寒冷地が対象です。具体的には以下の地域で事業を行っている必要があります。
- 全域が指定されている地域
- 北海道、青森県、岩手県、秋田県
- 一部の市町村が指定されている地域
- 宮城県、山形県、福島県、新潟県、富山県、石川県、福井県、長野県、岐阜県など13道県の一部
b. 対象となる業種 (指定業種)
特に季節の影響を受けやすい、以下の11業種が対象となります。
- 建設業
- 林業
- 採石業、砂・砂利・玉石採取業
- 水産食料品製造業
- 野菜缶詰・果実缶詰・農産保存食料品製造業
- 一般製材業
- セメント製品製造業
- 特定貨物自動車運送業
- 建設用粘土製品製造業
- 建設現場で据付作業を行う一部の製造業(建具、鉄骨、サッシなど)
- 農業(畜産業などを除く)
c. 対象となる事業主
事業主の方は、主に以下の3つの条件を満たす必要があります。
- 上記の指定地域で指定業種の事業を営んでおり、雇用保険の適用事業主であること。
- 冬期間(12月16日~翌年3月15日)も対象となる季節労働者を継続して雇用し、さらに対象期間の翌年度の12月15日まで雇用を続ける見込みがあること。
- 労働者名簿や賃金台帳、出勤簿などをきちんと整備・保管していること。
d. 対象となる労働者
どのような労働者が対象になるのかも重要なポイントです。
- 基本原則
- 通常であれば、冬のシーズンオフに離職して、雇用保険の「特例一時金」という給付を受け取ることが見込まれる季節労働者が対象です。
- 対象から除外される労働者
- 管理職や事務職など、季節の影響を直接受けない業務についている人。
- 冬になると遠方の地域へ出稼ぎに行くのが常態となっている人。
- ただし、本人が今後は出稼ぎをやめて地元で通年雇用されることを希望している場合は、対象となることがあります。
これらの条件を満たしている場合、具体的にどのような助成が受けられるのか、その種類と内容を見ていきましょう。
3. どんな支援があるの?助成金の主な種類
助成金には、中心となる「賃金・経費の助成」と、企業の取り組みに応じてさらに手厚い支援を受けられる「その他の助成」があります。
a. 中核となる支援:賃金や経費の助成
この助成金のメインとなるのが、冬期間(12月16日~翌年3月15日)に労働者を雇用し続けた場合の賃金助成です。働き方に応じて、主に以下の3つの形態があります。
- 事業所内就業: 同一の事業所で継続して雇用する
- 事業所外就業: 他の事業所へ配置転換や出向させる
- 業務転換: 同一事業所内で季節的業務以外の仕事に転換させる
支給される賃金助成の額は、労働者の継続状況や働き方によって変わります。
|
労働者の区分 |
支給回数 |
助成内容 |
上限額 |
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新規継続労働者 |
1回目 |
対象期間中の支払賃金の2/3 |
71万円 |
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継続・再継続労働者 |
2回目・3回目 |
対象期間中の支払賃金の1/2 |
54万円 |
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業務転換の場合 |
1回限り |
業務転換開始から6ヶ月間の支払賃金の1/3 |
71万円 |
補足:
- 同じ労働者に対して、事業所内・外就業の賃金助成は最大3回まで継続して受給できます。
- 移動就労経費の助成: 労働者を指定地域外の事業所で就労させる場合、交通費や宿泊費などの移動経費が別途助成されます。移動距離に応じて最大15万円が支給されます。
b. さらに手厚い支援:その他の助成
賃金助成に加えて、以下のような手厚い支援も用意されています。
- 休業助成 やむを得ない事情で労働者を休業させ、休業手当を支払った場合に活用できる制度です。支払った休業手当と対象期間中の賃金の合計額に対し、1回目の申請では1/2、2回目の申請では1/3が助成されます。
- 職業訓練助成 冬期間に労働者に対して業務に必要な知識や技能を習得させるための職業訓練を実施した場合に、その費用の一部が助成されます。これは、仕事が少ない冬期間を、従業員のスキルアップ期間へと転換する絶好の機会です。
- 季節的業務の訓練: 費用の 1/2(上限3万円)
- 季節的業務以外の訓練: 費用の 2/3(上限4万円)
- 新分野進出助成 季節労働者の通年雇用を実現するために、現在の業種とは別の新しい分野の事業所を設置・整備した場合に、その費用の一部(1/10、上限500万円)が助成されます。冬の収益源を確保し、事業の多角化を図るための大きな一歩を後押ししてくれます。
これらの支援は組み合わせて活用することも可能です。例えば、冬期間の仕事がない従業員に「職業訓練助成」を使って新しいスキルを習得させ、それを活かして「新分野進出助成」で始めた新しい事業に従事させる、といった計画的な活用が、通年雇用の実現と事業成長の両立につながります。
助成金の種類は多岐にわたりますが、実際に申請する際には一つ重要な注意点があります。それは、ただ雇用を継続するだけでは満額受給できない可能性があるという点です。
4. 【重要ポイント】助成金は「常用雇用の増加」がカギ
この助成金を理解する上で最も重要なポイントは、「申請した季節労働者の全員分の助成金が必ず支給されるわけではない」という点です。その理由は、この制度に「基礎数」という考え方があるからです。
この「基礎数」を分かりやすく言うと、「常用雇用の基準人数」のことです。 この制度の目的は、単に冬期間だけ季節労働者の雇用を維持することではありません。事業所全体の常用労働者(期間の定めのない労働者)の数を維持、あるいは増加させることで、企業全体の雇用を安定させることを目指しています。
具体例で考えてみましょう。
例:常用労働者が減ってしまった場合 ある事業所が、冬に雇用を継続する季節労働者3人分の助成金を申請したとします。 しかし、その年度に、以前から雇用していた常用労働者が1人退職してしまいました。
この場合、常用労働者が1人減少した分を差し引くという計算が行われ、助成金の対象となるのは季節労働者3人のうち2人分だけになってしまいます。
このように、この制度は、助成金を活用しながらも、事業所全体の常用雇用をしっかりと維持・拡大していくことを事業主に求めているのです。つまり、この「常用雇用の基準人数」のルールこそが、この助成金を単なる冬の延命措置ではなく、企業全体の雇用体質を強化するための制度たらしめている核心部分なのです。
制度の重要なポイントを理解したところで、最後に申請から受給までの大まかな流れを確認しましょう。
5. 申請から受給までの基本的な流れ
ここでは、最も基本的な「事業所内就業」や「事業所外就業」の場合の申請手続きの流れを例にご紹介します。
- 【STEP 1】 通年雇用届の提出 (12月16日~1月31日) 冬期間の雇用を開始したら、まずは「この労働者を通年で雇用します」という届け出を、管轄のハローワークに行う必要があります。この際に「通年雇用届」や「対象労働者申告書」といった書類を提出します。
- 【STEP 2】 冬期間の雇用継続 (~3月15日) 届け出を行った労働者の雇用を、冬の対象期間(3月15日)の末日まで継続します。
- 【STEP 3】 支給申請書の提出 (3月16日~6月15日) 冬期間が終了したら、実際に支払った賃金などに基づいて助成金の支給申請を行います。「支給申請書」や、証拠書類として「出勤簿・賃金台帳の写し」などをハローワークに提出します。
- 【STEP 4】 審査・支給決定・入金 提出された書類が労働局で審査され、内容に問題がなければ支給が決定されます。その後、指定した口座に助成金が入金されます。
特に初めて申請される事業主様は、STEP 1の「通年雇用届」を提出する前に、一度ハローワークにご相談いただくことをお勧めします。対象となる労働者の確認など、事前の準備がスムーズな申請につながります。
注意:申請期限は厳守! 各ステップには提出期限が定められています。期限を1日でも過ぎてしまうと、原則として申請を受け付けてもらえなくなりますので、計画的な手続きが非常に重要です。
なお、業務転換助成や休業助成など、他の助成金を利用する場合は、手続きの流れや期限が大きく異なることがあります。例えば、「業務転換助成」では、業務転換を開始した日から1ヶ月以内に届け出が必要など、手続きの起点が全く異なります。こうした違いを見落とすと助成金が受けられなくなるため、利用したい支援内容について事前にハローワークへ確認することが不可欠です。
まとめ:通年雇用助成金を活用して、安定した企業経営を目指そう
最後に、この記事の要点を3つのポイントで振り返ります。
- 通年雇用助成金は、積雪寒冷地で季節労働者を通年雇用する事業主を支援する、国の大切な制度です。
- 中心となる賃金助成のほか、休業、職業訓練、新分野進出など、企業の状況に応じた多彩な支援メニューが用意されています。
- 助成金を受給するには、単に季節労働者の雇用を続けるだけでなく、事業所全体の「常用雇用の維持・増加」が求められ、計画的な雇用管理が成功のカギとなります。
この制度をうまく活用すれば、従業員の生活を守り、定着率を高めることで、企業の安定した成長へとつなげることができます。少しでも興味を持たれた事業主の方は、ぜひ一度、最寄りのハローワークにご相談ください。専門の職員が、あなたの会社の状況に合わせたアドバイスをしてくれるはずです。
